身近でも知る機会が少ない存在
昔から、葬儀を執り行う会社があるという事を誰もが知っています。
しかし、その会社自体の良し悪しは分からず、何を基準に比較して選べば良いのか苦労されている方がいまだに多い現状です。今回はそれを踏まえて、希望される葬儀の大きさや種類によって見定める考え方をお伝えしたく筆をとった次第です。
なるべく分かりやすい表現にしたいという想いから、文章が少々長くなってしまう事を、予めご了承頂ければと思います。
サービスをする側とされる側の想い
さて、皆さんご存知の通り、世には様々なサービスがあり、そこには「需要(利用客)」と「供給(提供会社) 」のバランスが保たれて成り立っています。
そこで更に提供会社はコストカットを試みたり、サービスの向上をして他社との差別化をはかり、売上・利益を伸ばそうとしていきます。
安くて良いサービスなら、もちろん利用客は満足して、互いに幸せな結果をもたらします。
しかし、世の中はそう簡単にうまくいかず、それが成功するまでに苦労し、互いが幸せな結果を得ていない場合もあるでしょう。
ちょっと想像すると分かると思うのですが、例えばサービスの向上ばかりに向いてしまうと相応以上のコストがかかり、利用者が考える許容範囲の料金とズレてしまうことになります。
それから、とにかく安くとばかりに突っ走ってしまうと、欠陥な商品になってしまったり、心のない接客対応になってしまうなど、気付かずに安かろう悪かろうという本末転倒なことになってしまいがちです。
なかには安けりゃなんでも良いと考える利用客も存在しますが、多くの方はそんなサービスにガッカリして利用したことを後悔します。
いくら安いといっても自身が苦労して稼いだ金銭ですし、やはり期待を大幅に下回ってしまうと、それは当然の気持ちでしょう。
損得では済まされない事もある
それでも、ちょっと損をしたと想う程度の事でしたらまだましです。
不動産や車などの高額商品もそうですが、二度とその日が訪れない行事などにおいては損をした程度では済まされないことがあります。
例えば、誕生日、結婚式、お葬式などではどうでしょうか。
ちょっと損をしたと思うよりも、大事なその日を台無しにされたと悲しみ、怒りをもつ方もいる事でしょう。
もちろん程度にもよりますが、大切な日を台無しにしてしまったと思わせてしまった場合、謝っても済むことでは無く、金銭でも詫びて解決することでもありません。
前振りが長くなってしまいましたが、需要に対する供給があり、利益を追求する会社は需要の想いと離れた供給をしてしまうことがあるということを踏まえて、「なぜ地元の葬儀屋をお勧めするのか」につながって行きますので、もう少しお付き合いください。
2つに分かれる会社発展の思惑
それでは、コストをなるべく抑えつつサービス向上をしたその後、会社というものはどのような展開をするのか。
ここで、2つに分かれます。
1つはそのまま地域に根付き、より密着したサービス展開をする会社。もう1つは社員を増やし、支店も増設してより広く市場シェアを取得して売上・利益を倍増していこうとする会社です。
後者の場合、しっかり設備投資をし、人材を教育し、常に経営陣の理念・方針を従業員へ浸透させるという、もの凄いパワーが必要になります。
もちろん、そこをしっかり行いより良いサービス展開をしている会社もあります。
しかしながら、それができるのはじっくりと長い年月をかけ、コツコツと作り上げてきた一握りの優良企業だけでしょう。
会社が大きくなってしまうと、実業務を行う従業員まではなかなか経営陣の志を届けることはできません。
そして、多くの獲得した需要に対し、多くの従業員で対応していく場合、やはり効率性を求めて業務を分担していきます。
「業務分担」それ自体は決して悪いことではありません。一つの供給するサービスの中でも「問合せ対応」をしたり、「サービス内容を説明」し、「見積り」を作って、 「業者さんを手配」、 「実サービス」、 「アフターフォロー」をしてと、様々なシチュエーションを分担し、適切な人材が適切な業務をまとめて行うことで相応のコストかつ良質なサービスが生まれることもありますから。
しかしそれが向くサービスと向かないサービスがあります。
家電や何かの量産製品などは、大量の生産を効率よく単純に行うことで、同様の品質を維持しながらコストを下げるというやり方が向いているサービスの代表的なものです。
とても分かりやすい例として
もっとわかりやすい例はないものかと探してみたところ、これはとても分かりやすいという例を見つけました。それは皆様の身近にある病院です。
色々な病院の中でも、「~~立病院」といったところは様々な職務の方がいて業務を分担し、大きな運営を効率よく行っています。また、最新の設備や専門医もそろっていますので、特殊な検査や大がかりな手術をする場合にはうってつけであることは間違いありません。
しかし、診察券があれば受付から専門医まで来院する患者さんの情報を把握することが出来ますが、個人単位で理解しているわけではありません。
正直な話し、一人一人親身に接していたら、多く来院する患者さんを捌いて運営することは出来ませんから、~~立病院でお勤めの皆様にそういう気持ちがあろうと無かろうと、どうしてもご対応は流れ作業にならざるをえません。
上記で表した言葉は不適切かも知れませんが、慢性的な病をお持ちで実際定期的に病院へ通われている方でしたら、直接肌で感じていらっしゃる事でしょう。
そこで大概の皆様は、可能である事(病の内容)なら、一個人を理解し少しでも親身にご対応してくれる町医者を主治医として通われているのです。
業務として非効率な「個人の理解」を町医者は何故あえてするのかというと、地場に根付き、より密着したサービスをすることで信頼を得てまた利用してもらうという事を心得ているからです。そしてそれをして行きたいという志があるからです。
そして小さな運営だからこそ、経営者の志は従業員に行き届き、来院する一人一人への個を理解し、より親身なサービスができるのでしょう。
今回、病院を例に説明をさせて頂きましたが、病気や怪我の状況による利用の仕方により、大きな~~立病院も町の小さな病院も両方とも必要な存在ですので、そこを付け加えておきます。
結論-だからお勧めする地元葬儀社
長くなりましたが、ここまでお読み頂きありがとうございました。察しの早い方はすでに想像できていらっしゃると思います。
上に記した病院の例を葬儀社に当てはめてみてください。
著名人、会社の役員、地元の名士や、親戚付き合いが多い方、友人知人の多い方など、豪勢な葬儀を行う必要がある場合は、大規模な葬儀設営と多くのご参列者様を捌くのに長けた大きな葬儀社に依頼するのが妥当でしょう。
一方、親密な親族と友人のみで行う小さな葬儀でしたら、大規模な設営や大人数を捌く必要はありませんから、どちらかというと、故人様の事や喪主様・ご家族様の「個」を大切に扱ってくれる町医者ならぬ町葬儀社へ依頼するのが妥当です。
葬儀とは、単に式をして火葬をするだけではありません。故人様を弔いお別れをしご供養するために、事前相談から式・火葬当日の進行、お墓へご納骨、その後の法要まで、長いお付き合いになります。
ですから、家族葬を行うのであれば、一情報ではない一個人を理解し、親身なご対応ができる地元の葬儀社をお勧めしております。
そして私どもはその「個を理解し、親身な対応」を志して活動している町葬儀社です。
ご清読、誠にありがとうございました。
フォーランクス 長澤